The Candy House.
*・*・*
001.殺し屋が二人
長々と時間をかけてシャワーを浴びてバスルームを出た浦原はただっ広いリヴィングの中ほどにぽつん,と座る華奢な背中を見つけた。
冷蔵庫から取り出した水のボトルに直截口をつけて飲みながら,頭に被ったバスタオルの隙間からその背中をじっと見つめる。
こちらに背中を向けているため,彼がどんな顔をしているかわからない。
でも,耳から伸びた細いコードが,彼が仕事の前の儀式に入っていることを浦原に教えていた。
仕事の前の儀式――。
浦原が揶揄混じりにそう云う度,彼はそんな大層なもんじゃねぇよと眉を顰める。
面倒だかったりぃ行きたくねえだるいだるいだるい。
不平を零すココロを蹴飛ばすための儀式。
もういいから黙れ。いい音聞かせてやっからそれで二時間頑張れ。
そうココロに言い聞かせながら彼は選りすぐりの音楽に耳を澄ませる。
一度浦原も聴かせてもらったのだけど,彼の云う「いい音楽」が浦原には理解できなかった。
それが悲しくてしょんぼりしてると「ヒトには趣味ってのがあっから気にすんな。っつーかお前みたいな悪趣味に理解されたら俺が凹む」と真顔で云われた。
「…一護サン」
飲み残しのボトルを手に提げたまま浦原は彼の名を呼ぶ。
けれども彼は振り向かない。
聞こえていないのだ。
彼が使うイヤホンは外部の音を完全にシャットアウトする。
今,彼の世界に浦原はいない。
そのことが途方もなく悲しく思えた。
浦原の世界にはいつも彼がいるのに彼の世界には時折浦原がいない。
浦原は頭に被っていたバスタオルを肩に落とすとリヴィングを横切って彼の元へ向かった。
こちらに向けられた背中を見ているうちに,どうしても振り返らせたくなったのだ。
黒い細身のパンツに,黒いTシャツ。
Tシャツの襟ぐりは大きく開いていて,きれいな鎖骨のかたちが見えている。
キスしたいなあ,とぼんやり考える。
でも,肩から提げる形で装着されたホルダに彼の仕事道具が収められているのを見て浦原は諦めた。
距離にして1メートル。
これ以上近づいたら彼は容赦なく銃口を浦原に向ける。
仕方ないので一メートルギリギリのところにしゃがみ込んで,膝に頬杖をついて目を閉じている彼を見つめた。
目を瞑ったまま,彼が手をひらりと振る。
「あっちへ行け」という合図。
それでも浦原が動かないで居ると片目が開いて,鋭い眼差しが浦原を睨みつけた。
それが嬉しくてへらりと笑うと,深い深いため息。
そして膝の上に放り出されていた手が,耳に差し込まれていたイヤホンを抜いた。
「邪魔すんなっていつも云ってんだろ」
「ゴメンナサイ」
悪びれない口調で謝ると,また,深い深いため息。
そして彼――一護は膝に手を当て立ち上がると,浦原の横をすり抜け背後に立った。
「っつーかいつまでンな格好してんだよ。とっとと着替えろ。それから髭剃れ」
「めんどくさい…」
「遺留品残すなっていつも云われてんだろ。髭剃って髪括れ。服出しといてやっから。30分で出るからな。間に合わなかったら置いていく」
がしがしと遠慮のない力で髪を拭かれながら不機嫌な声を聞く。
浦原は嬉しくて嬉しくて頭をがくがくと揺さぶられながらもへらりへらりと笑っていた。
今,彼の世界に自分はいる。
そのことが嬉しくて。
「今日のお仕事,なんでしたっけ?」
「……お前,また昨日説明ちゃんと聞いてなかったのか」
「だって,どうせ一護サン聞いててくれるでしょ?」
「どうせってなんだどうせって。ンなことじゃねーかとは思ってたけどよ。鶴折ってたし」
「そうそう。両サイドで折れるようになったんスよ?」
「自慢してんな。ターゲットは四人家族。父親・母親・娘・息子」
「お父さん貰っていい?」
「……またお前夜一さんとこ行ったのか」
「だって,よく聞かれるんスよ?なんで自分が殺されなきゃいけないのかって。だから説明出来たほうがいいかなーって」
「っつーかお前,ちゃんと説明聞いてたんじゃねえかよッ!」
ゴツン,と脳天に拳が落とされた。
目の前にチカチカ星が飛ぶ。
い,いたい…,と涙目で見上げた浦原に,一護は握り締めた拳にはー,と息を吹きかけてもうイッパツ行くか?と睨みつけてくる。
「……髭,剃ってきます」
「五分で終わらせろ。髪も括れよ」
「はぁい」
とぼとぼと洗面所に戻りながら,浦原はずり落ちかけたスウェットを片手で引き上げた。
背中で一護が部屋を出る気配。きっと自分の服を用意するのだろう。
浦原は肩越しに振り返ると一護の名を呼んだ。
「一護サン」
「あ?」
「アタシも今日同じの着る」
「…スーツじゃねえの?」
「駄目?」
「駄目じゃねーけど。あーコート戻ってきてたっけな」
云いながら一護が部屋を出て行く。
その背を見送って浦原は口の端を引き上げた。
お揃い,お揃い。
歌うように口ずさみ,洗面所のドアに手をかける。
一護サン,お仕事終わったらキスさせてくれないかな。
そんなことを考えながら。
|
|