cafe on the sea.





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「なあ、シロ。オマエもパイプカットしろよ」

小春日和、という表現がぴったりな平日の午後。日当たりの良い南向きの縁側に面する座敷に置かれた年代物の革張りソファの上で微睡んでいた俺は、その台詞に思わず「はぁ?」っと素っ頓狂な声を上げて、普段は見もしないワイドショゥの画面を胡乱げに眺めている最愛の相手を見返した。

俺が陣取る三人掛けソファは、この借家と同じくらい古めかしいデザインだけれども、良い感じに飴色になった皮の肌触りが凄く良い。
その肌触りの良いソファに腰を下ろさず、俺の傍らに頭を凭れ掛けるように座敷の畳に敷かれたラグに座ってクッションを抱え、欠伸混じりにテレビを眺めていた一護が、俺の方を見遣って「どうよ?」と画面を指差した。

どうよ、と云われても一護ちゃん。
ソファに寝そべる俺と、ソファに凭れた彼の視線は同じ高さだ。
ブラウンの目が、悪戯っぽく細められて俺を見返す。
示されたテレビ画面の中では、ハリウッドのセレブ俳優だとかいう男の恋愛遍歴を第三者がグダグダと掘り返し、隠し子がどうだの三度目の離婚がどうだのと、不毛としか言い様のないコメントを連発している。
パイプカット云々の話題もその中のヒトツで、そもそも、このコメンテータ連中は、セレブ俳優とやらとなんら利害関係もなければ面識も皆無なんじゃねぇのか?
オマエら、そんなに暇なのか。というかこの時間帯にこの番組を試聴しているヤツらが暇なのか。
一護、せっかく徹夜明けの代休だってのに、こんなくだらない番組に時間を割かなくてもいいんじゃねぇの?
まあ、一護は自営業なうえに在宅仕事だから時間の遣り繰りに関してはわりと自在だけれども、自分に厳しくてワーカホリック気味な所があるから、たまには普段見ないこんな番組をそこはかとなく眺めるのもまあ駄目だとは云わないけれど。
俺は愛すべき主のあんまりな言動に、重い溜息を吐いて滑らかな皮のソファに頬をぺったりとくっつけた。

「拗ねンなよ、シロ」
「一護ちゃんが酷い事いうからだろ」
「オマエ、この間公園で、俺の知らない美人と逢ってただろ?」

そう、云いながら一護が仰け反って後ろ手に俺の方へ腕を伸ばす。オレンジの髪が、俺の頬にふわりと触れた。
陽向の匂い。優しい指先が、俺の顎先を擽る。
なんだ、ソレってアレだろ。ヤキモチなんだろ。
ったく、一護、俺がほいほい尻の軽い女に逆上せ上がるわけないじゃんよ。
どの相手とのコンタクトを見られたのかは分からないけれども、ちょっと社交辞令までに付き合ってやっただけだって。
俺の本命は眼の前にいるし。

「くすぐってぇ、一護」
「余所様ンちのお嬢さんを孕ませたりするんじゃねぇぞ」
「俺がそんなヘマするわけないじゃん」

直球すぎる物言いに喉を鳴らして、綺麗な爪の指先に自分から頬擦りするように、俺は一護の手を享受する。
俺の一護。
大事な大事な、俺の主。

「一護ちゃん、大好き」

精一杯の甘い声でそう云うと、一護はふわりと笑って俺のアタマをそっと撫でてくれた。

「よし、今日の晩飯は納品祝いに、煮込みハンバーグにしよう」

このところ、昼夜を賭して仕事にのめり込んでいた一護は、何かを決意するかのようにそう云って頷いた。
在宅自営業とはいえ、人一倍自分の仕事に対して真摯な思いを抱いている彼は、締切納品前ともなると、寝食を忘れて仕事に没頭する所がある。
睡眠時間が激減するのはともかく、俺が周りでぎゃあぎゃあせっつかなかったら、修羅場中は十中八九、メシを食い忘れるんだから参る。

「シロがウチに来てからコッチ、修羅場後に腹減ってぶっ倒れるってのがなくなったよなぁ…。オマエがメシメシって知らせてくれっからだよな。やっぱり、いいよな、同居する相手がいるってさ」

何時だったか、そんなことを云われて俺は絶対に一護の傍を離れるわけにはいかないと心の中で強く決意したモンだ。
修羅中は俺がメシを食う傍らで、食事と呼ぶには余りにもお粗末な簡易食品(片手間に囓れる菓子が主流)しか食わなくなる一護だけれど、それ以外の時はきちんと自炊をしていて、料理の腕もなかなかのものだ。
得意とするのは冷蔵庫の中身任せの即席レシピ。
けれども、仕事を終えた直後なんかは修羅場中の不摂生を取り返すみたいに、そこそこに手の込んだ料理を作る。
そしてもちろん、そんな日は俺も御相伴に与れるわけで。

「え?じゃあ俺も?俺もごちそう?」

思わず身体を起こして一護の顔を伺うと、俺の反応に苦笑しながら「分かってるって」と云って、子供をあやすみたいに俺のアタマにぽんぽん、と優しく手を添える。
ああ、一護ほんとに大好き。
もちろん、ごちそうを抜きにしたって大好きなんだぜ。
と、まあ、俺は目下このオレンジの髪にブラウンの目をしたワーカホリックな装丁師にめろめろな訳だ。

そう、俺の一護の職業は、出版社に依頼された書籍の装丁を行うちょっと特殊な仕事なのだ。
最近じゃ装丁以外にも何かと細々したパッケージのデザインを依頼されたり、ちょっとした企業のブックレット制作なんかを任されたり、以前にも増して仕事にのめり込み気味な彼は、打ち合わせや、付き合い程度のパーティに出かける以外は、仕事場であるこの昭和感全開の借家に引き籠もりっぽい生活になってしまってはいるけれども、まあそのほうが俺としては一護と過ごす時間が多いので良しとする。

誰もが簡易的にモバイルを使用して、欲しい情報を安易に引き出せるようになったシステムの普及に伴い、イメージ戦略の比重と重要性が増すばかりの昨今、俺の一護のような才能ある者が売れっ子になるのは必然でしかないだろ?
つい先日も、半年前に一度断ったはずのデザイン事務所から一護に引き抜きの話が来ていたけれども「俺、デザイナになりたい訳じゃなくて、あくまで本業は『装丁師』であることに拘りたいんです」と云って、あっさりとこれ以上無いだろう好条件の提案を袖にしていた。

格好いいぜ一護。
柔らかな物腰でも、絶対に動じない芯を持ってるんだよな、一護ってば。
まあ、なんていうか、ちょっと頑固過ぎるところもあるんだけどさ。
出版社のパーティに行くときみたいに、スタイリッシュなスーツをびしっとキメて高層ビルのデザイナーズ事務所に出入りする一護もきっと最高だろうけれど、この古くさい借家でユニクロのパーカを羽織って黙々と仕事をして、それ以外の時間は俺に存分に構ってくれる、そんな一護の方が、きっとずっと彼らしいはず。

「俺があんな激務で有名な事務所に移籍しちまったら、オマエのメシは誰が用意するんだっつの、なあ?」

引き抜き交渉の失敗に銷沈するデザイナーズ事務所のヘッドハンタを見送った後、座敷に面した南向きの縁側で、ひなたぼっこをしながら俺の鼻先をちょんちょんと指で撫でて、一護がそんなことを云ったから、俺は思わず彼に飛びついてしまった。











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