Lovers Lock Only You





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巷では桜の開花宣言も聞かれ,春爛漫の三月下旬。
四月の人事異動を前に最後の非番――休日は豪華二連休と相成った。
といっても偶然そうなっただけで,事件解決の褒賞だとかそんな理由ではない。
約三年同じ班で捜査に当たった檜佐木と阿散井の本庁――警視庁本庁舎への栄転が決まり,その挨拶や顔合わせで署を留守にすることが多く,また手がけている事件もなかった為,溜まりに溜まった有給休暇が消え失せてしまう直前にたった一日使用許可が降りた,とそれだけだ。

自分に若干とは云い難いワーカホリックの傾向があることは承知している為,休みが少ないことに不満を覚えたことはない。
それでも数年ぶりの連休となると心が浮つくのも事実で,昨日は珍しく浦原と酒を飲み,二人して寝室に移動し抱き合って眠るまでに随分と時間を使った。
そうして身体の一部を触れ合わせたまま心地よい疲労感の中で他愛ないことを喋りながらいつしか眠りに落ちていた。

目覚めて最初に感じたのは自分以外の体温に包み込まれて眠る幸福。
そんなものを「幸福」と感じ,それを受け入れている自分には未だに慣れることができないでいるが,だからといって頑なに認めず拒絶するほどの青臭さも持ち合わせていない。

閉じていた目を開ける。
瞬きを二回。眠気の残滓はもうどこにもない。
背中から自分を抱きこむ浦原を起こさないように枕元を探り,アラーム設定してあるスマートフォンを探す。
自分の身体の影になる位置でバックライトを点灯させると,アラームが鳴りだすまでまだ十分近くあった。

「…走りに行くの」

掠れた声に肩が揺れた。
起こしたか,と申し訳なく思ったのも一瞬,声の主が眠っていなかったことにすぐ気付いた。

起こしかけた身体から力を抜き,逆側に寝がえりを打つ。
薄い瞼が伏せられた瞳を覗き込むように見つめると,一晩中眠れなかった様子が見てとれた。

手を伸ばして頬に触れる。
伏せられていた瞼が閉じられて,猫の子がそうするように掌に頬が擦り寄せられる。
ざら,という髭の感触。
目の下にうっすら浮いた隈。
こんな顔をさせたまま一晩過ごさせてしまったことに胸が痛んだ。原因は,たぶん――。

「そんなに嫌なのか」

尋ねると,浦原の動きが止まった。
眉間に皺が寄せられ,薄い唇の間からため息が零れる。

「自分で頼んでおいてアレなんスけど,思っていた以上に駄目みたいで」

だからといって交わした約束を反故にするつもりはないらしい。
意に沿わぬことでも,自分で決めたからにはやり遂げる。
決して短くはない付き合いになる浦原はそんな男だった。

いつもなら不安や焦燥感,憂鬱。
そんな感情たちは一番近くに居る一護にすら感じ取れないよう隠してしまうのだけれど,それができないほどにストレスを感じているらしい。
弱りきっている浦原には申し訳ないが,そんな浦原を見るのは新鮮で一護はほどよく温もったシーツの下で脚を動かすと自分のものよりも体温の低い浦原の脚にそっと絡めた。

一護の視線を避けるように目を伏せていた浦原が驚いた風に目を開け一護を見る。
頬に触れた手に力を込め,両手で挟みこむようにした後,右の肘を支点に体重移動を行い,浦原の身体の上に乗り上げた。

浦原の顔の両脇に付いた肘で上半身の体重を支えながら,揺れる深い緑色の瞳を覗き込む。
そのまま唇を重ねると,投げ出されていた浦原の掌がそっと腰のあたりに触れた。
同じベッドの中にいてもひんやりと感じる掌が,腰から背へと這い上がるのを感じながら深く唇を重ねようとすると「ジョギング,行かなくていいの」と尋ねられた。

体力作りと趣味を兼ねた朝のジョギングは日課だったが,こんな風な浦原を放り出してまでしなきゃならないほど大切なわけではない。
ひんやりとした唇を押しつぶすように口づけて,唇と唇を触れ合わせたまま自分を持て余し揺れている浦原の瞳を覗き込んだ。

「こんな状態のお前放って走りに行けっか。甘やかしてやるから来い」

囁いて,首の後ろへと腕を回すと,心得たように腰と背に回された浦原の腕に力が篭り身体の位置が入れ替えられた。
唇を重ねる合間に「ごめんね」と詫びられたけれど,一護は謝る必要はない,とやわらかな髪に潜らせた両手でわしわしと浦原の頭を撫でてやった。
浦原の鼻からくすん,と息が零れて,身体にかかる重みが増す。

欲を吐き出す為ではなく,相手を労り,慰める為に身体を繋ぐ。
浦原の不安も憂鬱も,当人ではない一護にはどうしてやることもできない。
それでも,受けとめてやるからと。
自分でも呆れるくらい不器用で拙いやり方だけれど,浦原ならば感じ取ってくれるから。

昨夜の行為の余韻が僅かに残る隘路を浦原の熱が分け入って来る。
枕の上で仰け反ると,露わになった喉仏を押しつぶすように浦原が口づけ,やわく歯を立てた。
その微かな痛みが呼び水となって,苦痛が快楽へと色を変える。
浦原が名を呼ぶ声。
伏せたまつ毛の向こう,眉間に皺をよせ,苦しげな顔をする浦原が見える。
唇が動いて自分を呼ぶ。
それだけじゃ足りなくてごめんね,と謝ろうとするのが見えて,一護は嗤いながら口づけた。

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