雨の唄

――シンギングインザレイン――





§・§・§



スポーツジムの帰り道,ポケットの中で携帯電話が震動した。
周囲をぐるりと見回し「路上喫煙禁止」の標識がないことを確認し咥えた煙草に火を点しながら取り出した携帯電話には馴染みの金貸しの名前が記されていた。
といっても金に困っているわけではない。
ただ,顔見知り…プラスアルファなだけだ。

開いたメールに記されていたのは「一護サン助けて」の一文のみ。
ヤツから届くメールは大概がこんな風だった。

「用件を書けっつの」

敢えて云うならば「助けてくれ」が用件なのかもしれないが,それにしたって情報が少なすぎるだろう。
脳内で採択が行われた結果「無視一択」という結論が出たのでそのまま携帯電話をポケットに戻しながら路地裏を歩き出す。
スポーツクラブの裏手一帯から一護の住まいまでの細い路地は,世間の荒波から逃れるように「路上喫煙禁止」の指定がされていないのだ。飲食店や正体不明な小さな事務所などが軒を連ねる雑居ビルが筆記用具を乱雑に放り込まれたペンスタンドのように乱立する区画は昼下がりのこの時間ほとんど皆無と云っていいほど人通りがない。他人の目を気にすることなく咥えた煙草をのんびりと燻らせると心地良い疲労を感じる身体にニコチンが滲みていく。 健康的なんだか,不健康なんだか。健康的ではないか。
嘯いて低く笑い,路地を曲がると「あ」と声がした。
顔を上げるとそこに先ほどメールを寄越した相手が――浦原が居た。

「一護サン,助けに来てくれたんスね!」

感動に震える浦原を余所に,一護はポケットに戻したばかりの携帯電話を取り出しロックを解除した。
指が辿る番号は「1」「1」「0」
すると勘のいい浦原は血相を変えて「通報駄目!絶対!」と声を顰めながら大声を出すという芸当を遣ってのけた。

一護の視線の先,浦原はなんとも珍妙な姿だった。
端的に云うとスーツマイナススラックス。
白いワイシャツに黒っぽい上着。そこまでは普通。下着も履いている。知りたくもないがグレイのボクサーブリーフだ。

そこがおかしい。
なんで下着が見えてるんだ。スラックスを履いていないからである。

そのまま視線を落とすと黒い靴下に高そうな革靴。
スラックスだけがきれいさっぱりログアウトしている。
そんな格好で手にはステッキと携帯電話を持っている。
どこからどう見ても変質者かいいとこ人妻との逢瀬中に旦那に踏み込まれた間男だ。

110三桁の数字が表示される携帯電話と珍妙な姿の浦原を交互に見る。
浦原は慌てている。
この男がこんな風に慌てているのも珍しいな。
助けて欲しい,というのもあながち冗談ではないのか。
そんなことを考えながら電話モードを解除し代わりにカメラを起動した。
無言でパシャリ,写真を撮っておく。

「ちょ,なんで写真撮ってんスか」
「いつか何かで役に立つかもしんねえだろ」
「役立てないでそんなの」
「そりゃオマエ次第」

口の端を引き上げて咥えた煙草を燻らせながら足先に突っ掛けたサンダルを引き摺るように足を踏み出した。






reset.