アイシテル,と猫は云った。
§・§・§
土砂降りの雨の中,コンビニの前でタクシーを降りた。
煙草を1カートンとチョコミントフレーバのタブレットを3ケース。
それからビニル傘を買って外に出る。
目を焼くほどに明るい蛍光灯の明かりから逃れるように店先から離れると,意識の隅に何かが引っかかるような,そんな感覚を覚えた。
見るともなしに流れた視線の先,黒いものが過ぎる。
にゃー,と声。こんな土砂降りなのに,猫?
誘われるように足を踏み出すと,雨の匂いに入り混じって血の匂いを感じた。
首の後ろがチリチリする。厄介ごとの気配がした。
このテの勘はまず外れない。
雨もひどいし,素通りすることも考えたが住まいから一番近いこのコンビニの営業が停止されるようなことがあると生活に支障が出る。
それだけは避けたい。
傘をあみだにさしたまま,コンビニの敷地をぐるりと回りこむ。
L字型の駐車場の,一番端,裏口というかゴミ置き場というか,そこのところに男が倒れていた。
一護の足を止めさせた猫は,その傍らに居た。
「お前が呼んだのか?」
尋ねながら足を踏み出すと,猫は金色の瞳で一護を見つめ「にゃー」と鳴いた。
そして声だけをその場に残し,輪郭が解けるように薄れて,消えた。
視線を倒れている男に移す。
白いシャツに黒いずぼん。脇腹の辺りがどす黒く染まっている。
そこを押さえる手は雨でないものに濡れ真っ赤に染まっていた。
両脚を投げ出し,ゴミに背中を預けるようにして座る男の前に一護はしゃがみ込んだ。
手を伸ばして雨に濡れた頬を叩く。
「生きてるか」
男の眉間に皺が寄り,閉じられていた目が開いた。
その色に一護は小さく息を飲んだ。
こんな色,見たことがない。
まるで吸い込まれそうな深い緑色。
男の口から苦しげな息が漏れて,我に返った。小さく咳払いをして,再び男に呼びかける。
「生きてンな。刺されたのは腹か。どうする。通報するか」
男が小さく首を横に振る。
そして,色を失った唇が微かに動いた。
それを見て一護の口の端が引きあがる。
たすけて。
男の唇は確かにそう動いた。
死にたくねえなら,生きたいなら,助けてやるよ。
そう嘯くと,傘を閉じてゴミの山へと放り出した。
上着を脱いで煙草とタブレットの入った袋を包んで小脇に抱え,男の手を掴む。
項垂れるように頭を垂れ,肩を入れて一息に男の身体を担ぎ上げた。
「重!」
呻くようにつぶやいてから,それでも危なげのない足取りで歩き出す。
ここからマンションまでは徒歩三分ほど。
「内臓出そうならちゃんと押さえとけよ」
くぐもった呻きが応じるように響くのを聞きながらマンションを目指した。
|
|