社畜とニート





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「黒崎サン,ボクとセックスしませんか」

無口で無表情で人間味のあまり感じられない,社内屈指の変人。
それでいて有能さは誰もが認める。
そんな上司が常識はずれも甚だしい誘いを口にした。

今日でもう四日ろくに眠れない日が続いていた。
所謂「デスマーチ」の終盤である。納期まではあと二日。
その二日を耐えれば。
そう思うのに,こんな状態で,ミスを犯すんじゃないか。それも取り返しのつかないやつを。
その恐怖がずっと付き纏っていて,精神的に極度の緊張状態が続いていた。それも酷く嫌なやつが。
口に出したわけではない。表情にも出していないと思う。
チーム内で下から数えた方がよい,つまりは下っ端だ。
ミスったところで責任は上司が取ることになる。わかっている。でもだからといって。
前職を辞して,この会社に就職して八ヶ月。自分なりに頑張ってきた。それはもう我武者羅に。遮二無二に。

仕事が好きか。
そう問われたら「わからない」と応える。好きや嫌いでするものではない。
そこに詰まれたノルマを片付けるだけだ。指示を守るだけだ。

ああ,だからだ。
上司に誘われたから。それを「指示」と同じものと頭が受け取った。だから。

数歩先を行く背中をぼんやり見詰め,一護は「腑に落ちた」と思った。
指示じゃ仕方がない。他ならぬ上司の指示なのだから。
考えるのが面倒くさい。
セックス。最後にしたのはいつだっけ。ここに入社する前?いや,もっと前だ。
脳裏に浮かんだ女の面影は曖昧にぼやけて「誰」という記憶に繋がらなかった。





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