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春休みも残すところ今日一日,という最終日。一護はひとり駅前をぶらついていた。
春休みに入る前からいくつか受けていたアルバイトの面接は全て不合格だった。
何が悪い,と省みるまでもない。この度派手な髪と,それからこの険しい目つきだろう。
ショーウィンドウに映る自分の姿を見てため息を吐く。
コンビニも,スーパーの品出しも,ファミレスも駄目だった。
ガソリンスタンドも,本屋も,牛丼屋も駄目だった。
接客に向いているとはお世辞にも思わなかったけれども,それでも雇ってもらうことができたなら一生懸命がんばろう。そう思っていたのに。

春休みに入ってからも新聞の折込ちらしや本屋で立ち読みするアルバイト求人誌などで探し続けていたけれど,ひとつ不合格を貰う度に心が折れていく心地がした。
妹や父親の手前は意気消沈しているところなど見せられず,ひとり自室に篭ったときにだけため息を吐くことを許した。

けれども気持ちが沈んでいるのは見破られていたらしく,妹は夕食に一護の好物ばかりを並べるし,もう一人の妹も不器用極まりない慰めの言葉をくれるし,挙句の果てには父親にまで要約すると「進級祝いだ」とのことで小遣いを割増される始末。
居た堪れない気分をなんとかしようと外に出て,厄払いだ,と奮発してイヤフォンを新調した。
青と赤のラインの入った白いカナル型のイヤフォンは,今まで使っていたものの上のクラスで値段も1.5倍する。
「無駄遣い」と悔いる気持ちと「奮発だ」と昂揚する気持ちが半々ずつの胸の内で,家電屋を出た足でコーヒーショップへ向かった。
包装を解いてベルトフープに引っ掛けてあったミュージックプレイヤのジャックに端子を突っ込んだ。
両の耳にイヤフォンを差込み,再生釦を押す。

「おお」

思わず小さな声が漏れた。
今までよりずっと音がよい気がする。今まで聞こえてなかった音が聞こえるような気がする。
これはよい買い物をした。
悔いる気持ちを昂揚する気持ちが押し退けていくのを感じながら,甘くないカフェオレを啜り,窓の外を行く雑踏を眺めた。
しばらくそのまま頭の中に溢れるように聞こえる音楽に耳を澄ませていたが,ポケットの中で携帯電話が震え,妹からのメールが届いたのを潮に席を立った。
夕飯の材料で足りないものがあるから,帰りに買ってきて欲しいとの由。
割増された小遣いにはまだ少し余裕がある。折角だからアイスクリームでも買って帰るか。
そんなことを考えながらコーヒーショップを出てバスターミナルを目指した。

馴れ馴れしく肩を掴まれたのは,あと数メートルで駅前通りへ出る,そんな路地の終わりかけだった。
カナル型のイヤフォンは耳栓のように押し込むタイプなので,周囲の音を遮る効果がある。
どうやら肩を掴んだ主はその前に声をかけたようだったが,一護はそれに気づかなかった。
そしてそれが声の主――正確には声の主を含む一団の癇に障ったらしい。

ぶつ,と頭の中に溢れていた音楽が途切れた。
振り返った先には,知らない顔が1,2,3,全部で五つ。
根元が黒くなった金髪のソフトモヒカンに,ニホンザルのような伸びかけた坊主頭。
ワックスで寝癖を悪化させたように髪を立たせたのに,あとはもう面倒くさくて割愛する。
兎も角も,知らないヤツだった。

一護は口の端に凶悪とも醜悪とも云える笑みを張り付かせた一団から目を逸らすと,ベルトフープに引っ掛けたミュージックプレイヤへと目を落とした。
停止釦を押す。きちんと止まる。再生釦を押す。きちんと動く。ほっとした。
けれども,買ったばかりのイヤフォンは――。
ミュージックプレイヤのジャックには哀れ端子だけが残されていた。
足元には赤と青のラインが入ったコードが死んでしまった蛇のように丸まって落ちている。

ため息が出た。
そのため息をどう捉えたのか,一護と対峙する一団の中から一人がずい,と前へと足を踏み出した。
馴れ馴れしく肩を抱き,付き合って欲しい場所があるという。
目的はなんだ,と返すまでもない。
一護は黙ってその後に続いた。
路地の終わりを駅前と逆に折れ,まだ営業の始まらない飲食店街の方へと連れて行かれる。
雑居ビルが立ち並び,人目につかない細い路地がそこここにある日当たりの悪い通りだ。
あからさまに身形と頭の悪そうな一団の一人に肩を抱かれて歩く自分は,一体どんな風に映るんだろう。
まばらな人影は一護たちとすれ違うときあからさまに目を逸らした。
係わり合いになるのはごめんだ,といわんばかりに。

尤もだと思う。
一護だってすれ違う立場ならそうすることを選ぶ。
けれども,無言ですれ違うことを選んだところで,相手がそれを許してくれなきゃ意味がないのだ。
生まれついての髪の色と,やさぐれてしまった気持ちを表すかのような険のある目つきのせいで。
好きでこんな頭してるわけでもないし,目つきが悪いわけでもない。
なんだってこんな。

腹の底がぐつり,煮える心地がした。
燻っていた苛立ちがはっきりと熱を帯び怒りへと変わる。
もういいんじゃね?と。
これはもう怒ってもいいんじゃね?と。
何にせよ,壊れてしまったイヤフォンはもう戻らない。
折角奮発したというのに。
耳の奥に残る,クリアな音を惜しむように目を伏せた。

 Being lonely,
 So leave me alone.
 Aw, you're acting all holy,
 Me, I'm just full of holes...

唇が勝手に動いて,耳の奥に残る歌詞を口ずさむ。
ちょうど目的地についたようで,肩を抱いていた腕が離れ,一歩,二歩,三歩めで金色のソフトモヒカンが振り返った。
小指から順番に指を折っていき,付け根に指先をしっかりとつける形で拳を作る。
最後に親指で人差し指と中指をしっかりと押さえる。
一昨年まで通っていた空手の道場で叩き込まれた拳の作り方。
当てる部位は人差し指と中指の拳頭を。手の甲と直角になるように。
振り返ったソフトモヒカンの顔に浮かぶ下卑た笑みを叩き潰すようにその鼻先に向けて拳を叩き込んだ。

まるで映画のストップモーションのようにゆっくりとモヒカンが崩れ落ちる。
止まっていた時間が動き出す前に一護は動いた。
右側に居たニホンザル頭の男の手首を掴み振り上げて膝へと叩きつける。
左側に居たワックス頭の顎先へと肘を叩き込み,背後から殴りかかろうとしたパーカを交わし,足払いをかけて横っ面を蹴り飛ばす。

手応えがないにもほどがあんだろ。
多勢に無勢ってことば知ってっか?
地面に倒れ込んだ連中の横っ面を一人ずつ張り飛ばして回ろうかと思ったが,振り返った先にもう一人居るのが目に止まった。
そういや五人だったか。
傾げた首を逆側に曲げるとゴキリ,鈍い音が鳴った。
視線の先で残る一人が怯えに顔を引き攣らせている。
人の買ったばっかのイヤフォン駄目にしといて,その上カツアゲまでしようとしたくせに何を怯えてやがる。
口の端が歪み,笑みにも似た表情が浮かぶのが自分でもわかった。
大人しく喰らっとけ。一発で済むから。
胸の内に零れた台詞はまるで悪役そのもので。

ほんの少し辟易しながらも,一護は握り締めた拳を一度解き,バキバキと指を鳴らしながら残る一人との距離を詰めにかかった。
じり,と後ずさりする男の顔をよく見ると,先にぶちのめしたヤツらと比べて明らかに幼い顔をしていた。
誰かの弟なんだろうか。ろくな兄弟じゃねえな。兄貴ってのはそういうもんじゃねえだろ。

ちっ,と舌を鳴らすと,視線の先の肩がびくっと揺れた。

「びびってんだったら最初っから絡んで来るんじゃねえよ」

低い声で恫喝すると,震えた唇が音ともつかない音を発する。
けれども何を云ってるかわからない。聞き返すつもりもない。そんなことしたって壊れたイヤフォンが戻らない。
だったら一発くらい殴らせろ。

拳を振りかぶると,視線の先,茶色い頭が揺れてぎゅ,と目を瞑るのが見えた。
おいおい喧嘩の最中に目ぇ瞑ったら駄目だろうがよ。
そんな言葉が脳裏を過ぎると同時に繰り出した拳が「パシッ」と小気味よい音を立てて何かに受け止められた。
どさり,と音がして,茶髪が地面に尻餅をつく。
一護と茶髪の間に一人の男が居た。
ヨレっとしたスーツを着たオッサンだった。
オッサンは左手で一護の拳を受け止めるのと同時に茶髪に足払いをかけ,身体のバランスを崩したところでその襟首を掴んだ。

「ふぅ,間一髪」

芝居がかった口調で行って,一護の拳をぎゅ,と握ったまま口の端を引き上げる。
まるで寝癖を直すのを忘れたかのようなぼさぼさの頭の下で,深い緑色の瞳が一護を見る。

「コレ,引っ込めて貰っていい?」

拳を包み込むように掴んだ手をにぎにぎしながら上下に揺らし,オッサンが云う。
気勢を削がれた一護の手から力が抜けると,ほっとした風な表情を浮かべてオッサンも一護の拳から手を離した。
そして皺だらけのスーツの上着の内ポケットへ手を入れると,半分に折った茶色い札と白い紙片一枚を引き抜き一護へと押し付けた。

「これでイヤフォン買いなおして,よかったら領収書を名刺の住所まで届けて」
「あんた,誰だ」
「名刺に書いてあるでしょ。じゃ,アタシは時間ないんでコレで」

オッサンはそれきり一護を見ることなく未だ地面にへたりこんでいる茶髪に一言二言声をかけた。
すると弾かれたように茶髪が立ち上がり逃げようとした。
勢いが削がれていたとは云え,一護の拳を易々と受け止めたオッサンがそれを許すはずもなく,襟首を引っつかんで止められると腹に一発拳を喰らい,ぐったりと膝から地面へと崩れ落ちた。

「ああ…荷物になっちゃったなコレ」

ぼやく声を耳が拾う。
オッサンは「はー」と深いため息を吐くと腰を屈め,ぐったりとした茶髪を肩に担ぐとそのまま路地を出て行った。
通りへと出る刹那,ひらりと一護へと手を振って。

なんだったんだ,アレ。
一護は目の前で起こったことの意味を理解しきらぬまま手の中に残された二枚の紙片を見下ろした。
半分に折られた一万円札と,白い紙片。
裏返すと「浦原探偵事務所」の文字と「所長」の肩書き。それから「浦原喜助」と名前が記されていた。
その下にはここから程近い雑居ビルの住所と電話番号が。

「探偵…って実在したんだ」

思わずそんなことを呟いた。
なんで初めて会った探偵が一万円もの大金を自分に寄越すのか。
イヤフォンを買いなおせと云っていた気がするが,一体どこから見てたんだ?

どっちにしろ門限までは三十分を切っていて,買い物してすぐに帰らねばならない。
こんな意味のわからない金を使える道理もないし,明日学校帰りにでも住所に届けに行くしかないか。
そんなことを考えながらその場を後にした。






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