at the theater.
§・§・§
その映画館を見つけたのは偶然だった。
高校生になり,やっとどうにかこうにか新しい制服にも慣れてきた五月の連休明けだったと思う。
実力テスト最終日,昼で授業を終えて一護は一人街へと繰り出した。
月末貰った小遣いにはまだ余裕がありCD屋,本屋,と冷やかしたが目ぼしいものには出会えなかった。
歩きつかれて休憩しようにも駅前のファスト・フードもコーヒーショップもどこも満席で,流されるように駅の裏手へとやってきた。
ファッション・ビルが林立する逆側と違って,駅の裏手はどこかうら寂しい感じがする。
本屋ではなく古本屋,CDショップではなくレコードショップ,あとは小さな飲み屋や得体の知れない兎に角小さな店が雑居ビルに寄り集まってるイメージだった。
区画整理がされていないせいで迷路のように蔓延る細い路地を五分ほど探索していると,ハンバーガーショップの看板が目に止まった。
一護が友人たちとよく利用する店よりも,ほんの少し料金が高めに設定された,言い換えれば普段なら少し敷居が高く感じる店。
けれども入口から覗いた店内にはちらほら空席が見え,草臥れていたこともあって一護はドアを押して中へと入った。
ひとつ二百円のドーナツと,カフェラテの小さいのを買って窓際に並んだカウンタ席へと向かう。
肩に掛けていたスポーツバッグをカウンタ下の棚へと押し込み,首へ引っ掛けてあったイヤフォンを耳へと押し込みながらカフェラテを啜った。
一護が座ったのはカウンタ席の一番端で,正面とテーブルが切れる右側がガラス窓になっていた。
右手の奥は別の店になっているらしく,じ,と目を凝らすと「模型」の文字が見えた。
プラモデルの類だろうか。作る趣味はなかったが,どうせまだ門限までは時間があるしここを出たら覗いてもいい。
そんなことを考えながら視線を彷徨わせていると,映画のポスタが目に止まった。
四枚並んだポスターの手前から三枚目。
埃の舞う荒れた街の中を二人の男が歩いている。
二人ともスーツにコート姿で,一見するとビジネスマンのように見える。
けれども前を歩く男は顎を上げ強い意志を示すように。その後ろに続く男は服も帽子も黒一色でまるで前を歩く男の影のような佇まいだった。
眉間に皺を寄せて更に目を凝らすと「誰がため」というタイトルが読めた。
一護が聞いたことのないタイトルだった。少なくともテレビでCMはやってない。
一護はそのポスターから目を離さないままドーナツを食べ,カフェラテを飲み干した。
そして立ち上がるとトレイとカップを片付け店を出てまっすぐにポスタの元へ向かった。
「テアトル空座」
ポスタの収められたフレームの上にそう記されたプレートが掛かっていた。
下には上映時間が記されている。「誰がため」の下には十五時半と記されていた。
制服のポケットから携帯電話を取り出し時間を確認すると,十五時を十分ほど回ったところだった。
CDも本も買わなかった為,財布の中身には余裕がある。
十五時半の次の上映は十八時になっている。
ならばそのしばらく前には上映が終わるはずだから,これを観た後でも門限には間に合う。
そこまで計算して,一護は思い切ってエレベータに乗り込んだ。
テアトル空座はビルの三階が受付になっているらしい。
階数釦の上の案内板でそれを確認し,一護は3の釦を押した。
Two Kings Dinner.
§・§・§
時刻は金曜日の終電間際。
一護は駅へと向かう人の流れに逆行するように緩やかな坂を上っていた。
スクランブル交差点を渡るまでは隣にあったツレの姿がいつの間にか見当たらなくなっていた。
が,疲労で飽和する頭をぐるりと回して姿を探すことすら億劫で,視線は進行方向に向けたまま惰性で歩き続けている。
三つ四つの子供でもあるまいし,はぐれたところで自分でなんとかするだろう。
知ったことか,と欠伸を漏らし,一護は数メートル先にある中華定食屋の看板を見つめた。
途端に腹がぐぅ,と鳴る。
当たり前と云えば当たり前かもしれない。
この十日というもの落ち着いて食事を摂った回数は片手の指の数を下回っていた。
カロリーメイトと栄養ドリンクで命を繋ぎ,しつこい眠気は椅子に座ったままで摂る三十分程度の仮眠とカフェインの錠剤で凌いでいた。
ここ二日に至ってはいつ何を食べたかという記憶も朧で思い出せないほど。
本来ならば数人でチームを組み下準備から始めて三ヶ月はかかる規模のプロジェクトをたった二人で,しかも通常業務と平行して,更にはトータル一ヶ月弱でやってのけた。
無理は承知だったが,ここまで人としての生活を捨てる羽目になるとまでは……まあ,考えてはいたけれど。
ため息を吐きながら,まるで血も骨も肉も全て鉛にでもなってしまったかのような重たい腕を持ち上げて暖簾を潜った。
「いらっしゃいませ!空いてる席にどうぞー」
正確に音を記すならば「っしぇいえいえい!てーせー,いぇーいぇー!」となる店員の言葉を翻訳しながらカウンタではなく二人掛けのテーブル席に腰を下ろす。
上着のポケットから煙草を取り出し,咥えたところで店員が水を運んできた。
丁度火を点そうとライタを握ったままの手の指を二本立て,連れがくることを告げると「もーひ,いぇいいえー」と云いながら戻っていく。
「もうひとつお持ちします」とかそんな意味だろう。
改めて咥えた煙草に火を点し,テーブルの端に立てられているメニュを開くと同時に背後で引き戸の開く気配がした。
「っしぇいえいえい!てーせー,いぇーいぇー!」という店員の声に続いて,足音が近づいてくる。
「遅かったな」
「コンビニで煙草買うから待って,って云ったのに」
「知るか。聞こえなかったっつの。お前何にする」
「餃子。ここ来たら餃子でしょ」
「俺レバニラ。ビール。餃子十個のにしろよ。俺も食う」
深く吸いつけた煙草の煙を,欠伸と一緒に吐き出す。
眼鏡を外してテーブルに置き,煙草をつまんだ指で額を支目尻に浮かんだ涙を左の指先で拭う。
「疲れた顔しちゃって」
揶揄するような声に,視線だけ挙げて「誰のせいだ」と低い声で罵る。
「できる・て豪語したのはキミでしょ」
「安い挑発してきやがったのは誰だ。プレゼン落としたら頭丸めろ。くそったれ」
「誰に向かって云ってるの?」
くつくつ喉を鳴らして笑うのは,去年の春の辞令で京都支店から本社へ異動になり,営業部の主任に就いた浦原だった。
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