フォーチュン・クッキー





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「黒崎サン黒崎サン」

名前を呼ばれると同時に,肩をちょんちょん,と指で突かれた。

「何だよ浦原。つっつくなうぜえ」
「うざいって酷い。今日はもう急ぎの用件ないし,コーヒー飲んできましょうよ」

そう云って浦原が指差す先にはスターバックスの看板があった。

「ふざけんな新人の分際でサボってんじゃねえよ」
「でーもー」
「語尾を伸ばすな。第一あそこ禁煙だろうが」
「テラス席では吸えるんスよ。ほら,灰皿置いてある」

浦原の指の先を辿ると,確かにテラス席には黒い灰皿が置いてあるのが見える。ふむ,と小さく唸ると,一護は黙って交差点から離れた。
やった!と後ろで浦原が嬉しそうな声を上げる。四歳年上の部下は,何でかはわからないが,やたらと一護に懐いていた。

黒崎サン,黒崎サン。
呼ぶときはいつも必ず二回。
一回呼べば気がつく・ての。
そう云っても習慣なのか改められることはなかった。

同業他社からの転職ということで,業務知識に不安はなかったが,いろいろなことがシステム化されていない自社の仕組みには相当梃子摺らされているらしい。いちいち手計算で作成しなきゃならない見積書や積算書のミスを一護に見つけられ怒鳴りつけられたことも一度や二度ではない。
「浦原ァ!」
一護が怒声を上げると,フロアのあちこちに散る嘗て面倒を見てきた後輩たちの背が一斉に伸びる。

「え,アタシまた何かやりました?」
「何かやりました,じゃねえよッ!テメェ必ず書類上げる前に三度見直せっつったの忘れたか!」

肩を竦めながら近づいて来た浦原の足先をガン!と踏みつけ,書類を差し出す。赤が入れられた箇所は二箇所。一瞥した浦原は「あ,小数点以下切り上げ?」と一護へと視線を向けた。

「四捨五入だボケ」
「でも,消費税は切り捨て・スよね」
「消費税は切り捨て。単価は四捨五入」
「てっきり同じだと思ってました。スミマセン。次は間違えません」

萎縮するでもなく言い放ち,書類を席に持ち帰ると数分で修正したものが仕上がってくる。
同期たちには「よくも部下とは云え年上を怒鳴りつけられるな」と云われるが,そうしてくれ・と云ってきたのは浦原の方なのだ。ならばこちらが遠慮したり畏まる云われはない。
やりにくいだろ?と同情されることは少なくなかったが,実際のところはそうでもなかった。扱い方が同じなら,今まで面倒見てきた後輩たちとなんら変わることはない。
業務知識はあるし,一般常識もある。何より頭の回転が速く,さわやかな笑みを浮かべて滑らかに相手を丸め込む舌技とも云うべき営業トークは一護よりも上を行く,と思っていた。











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