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翌朝,屋敷の中でひとの気配が動き出すのを待って一護はさっさと身体を起こした。
結局あの後は一睡もすることができなかったが,その前にぐっすり眠れただけあって身体に辛さは感じなかった。
手洗い場を借りて顔を洗っていると,廊下の向こうから人の足音がした。
濡れた顔を手ぬぐいで拭って顔を上げると,欠伸をしてる浦原と目が合った。
そして,その姿を認めた途端,一護の目は驚きに見開かれた。
浦原の,髪が。
昨日は漆黒だったその髪が,まるで昨夜目にした月の光を吸い込んだかのように淡い色に変わっていた。

「おはようございます,黒崎さん」
「あ…おはようございます。昨夜は,ありがとうございました」

浦原に声をかけられて,はっとなってから一護は姿勢を正したどたどしいながらも礼を口にした。
そんな一護のぎこちない姿を見て,首を傾げた浦原だったがすぐに「あ」と小さな声を上げると顔を隠すように四方八方に跳ねる髪を一筋摘んで「驚かせちゃいましたかね」と砕けた口調で云った。

「その,髪は」
「えぇ,これが元の色っス。口調もね,スミマセン。昨日は一日頑張ったんだけど,寝起きはやっぱり駄目だ…」

ふぁぁ,と欠伸を漏らしてから,涙を目尻に浮かべたまま一護を見て笑う。
どうやらこちらの方が浦原の素の姿,というらしい。
一護は構えていた身体からどっと力が抜けるような安堵を覚えて,そのままくしゃりと笑み崩れた。

「あの,気にしないで下さい。口調とかも,俺の方がずっと年下だし」

つい,緊張が解けて自分のことを俺,と云ってしまったことに気づいたが,浦原が「本当に?」と首を傾げて尋ねるので云いなおすことはせず黙って頷いた。

「よかった。夜一サンに散々脅されたもんだから…」
「夜一さ…公方様に何か」

つられそうになって慌てて呼び名を正しながら尋ねると,「とりあえず朝ごはん食べながらでもいい?顔洗ってしゃきっとしたらアタシもいきますんで,昨日の部屋で待っててくださいな」と云って浦原は眠そうに目を擦った。

客間に戻った一護は服を改めると昨日夕餉を摂った座敷へと向かった。
部屋の中には湯気の立つ膳が調えられていて,鼻をくすぐる匂いに腹がぐぅ,と空腹を訴えた。
宥めるように掌を押し当てると襖戸が開き「お待たせしちゃってスミマセンね」と浦原が入ってきた。
その姿を見て一護はまた目を見開く。
昨日の浦原は一目で上質と知れる源氏鼠の結城紬を纏っていたが,袈裟はどこか草臥れた風にも見える草木染らしい深緑色の作務衣姿だった。
そして頭にはなんでか緑と白の子持縞の帽子を被っている。

「こんな格好で失礼しますねン」
「あ,いえ」
「嘘。びっくりしてるでしょ」
「…少しだけ」
「髪を括るのも億劫だから,普段はコレ被って誤魔化してるんスよ。みっともないでしょ。ぼさぼさで」

苦笑する浦原に一護は首を横に振った。

「黒崎サン,やさしいなぁ。――ま,話は後にしてまずはあったかいうちにごはん頂いちゃいましょっか」

浦原が箸を手に取るのを待って,一護も一礼してから膳へ向かった。
昨日と打って変わって浦原はよく喋った。
しかし少しも行儀悪く感じることはなく,畏まる素振りはないのに自然と品を感じさせる食べ方で一護は少しも不快にならなかった。
空座の町で流行っているもののことから,城内の噂話。
といっても政局に関わるような重いものではなく,どこどこ務めのナニガシ氏は甘いものに目がないだとか,頭髪が薄いのが悩みでかもじ屋に随分とツケがあるのだとかそのような他愛ないものばかりだった。
最初は堪えていた一護も,最後の方には声を上げて笑ってしまっていた。

「すみません,失礼を」
「いいええ,笑ってもらえないとアタシも喋った甲斐がない。堅苦しいのは苦手なんで,黒崎サンもよかったら楽にしてください」
「いえ,でも」
「じゃないと毎回力づくで笑わせる羽目になりますよン?」

不穏当な言い方をする浦原に一護はぐっと言葉に詰まったが,すぐにその目が笑っていることに気づいた。

「心掛けます」
「できれば敬語も止めて欲しいんだけどなァ…」

恨みがましく云われても,そんなすぐに態度を変えることなどできるわけがない。
一護が困惑していると,浦原の方が「ま,少しずつでいっか」と折れてくれた。











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