4 years later.





§・§・§



黒崎一護十九歳。空座大学医学部に籍を置く二年生。そしてそのもう一つの顔は――尸魂界に正式に認められた死神代行。


死神とは死覇装と呼ばれる漆黒の衣に身を包み,斬魄刀と呼ばれる刀を携え,霊界である尸魂界内にある護廷十三隊に所属し,現世を彷徨し霊である「整(プラス)」を尸魂界に送ったり(魂葬),理性を失い現世を荒らす悪霊「虚(ホロウ)」から現世を守り,尸魂界と現世にある魂魄の均衡を維持する任をその身に負う。
通常現世の人口五万人に対し一人の割合で死神は派遣されるが,四年前,一護はひょんなことからそんな風に派遣された死神のひとりと出会い,そして死神の能力を身につけた。
代行として正式に認められるまでには紆余曲折があったが,人の身でありながら死神としての任を負うのは一護も望んでのことだった。


「――だから,勝手を許すわけにはいかねーんだよッ!」


一護が奮う斬魄刀――銘を斬月という――から放たれた斬撃は衝撃波となって虚の巨体を吹き飛ばし,人に喩えるならば左腕と思しき触手を引き千切った。
耳を劈くような悲鳴が空気を揺らす。
が,代行証がたてるけたたましい音同様,高い霊力を持つ者にしかその声は聞こえない。
一護は空に足場を捉えるとそこを蹴りつけ,絶叫迸る虚の口に斬月を叩き込んだ。


残された四本の腕を振るい虚が暴れる。それも数秒のこと。
長く尾を引く絶叫を轟かせた後,虚は消えた。


とん,と音を立てて地に降り立つと,一護は斬月を軽く振るい背に戻した。
ずき,と痛む肋骨に手をやり,いてて,と小さな声で呻く。
もう二週間になるというのに,人の身というのは厄介なもので罅の入ったアバラ骨ひとつまだ治らない。
しかし非は治療を依頼しなかった自分にある,というのは承知しているし,罅くらいで虚の一体や二体にてこずるような場数は踏んでいない。
呆気なさ過ぎると不平を零しそうになる思いをぐっと堪え「平和が一番だよな」とため息を吐きながらゆっくりと踵を返した。


「ドウモ」


げ,と思った。
実際顔も歪んだ。
そんな一護の表情に気づかずに――否,気づいていて無視しているのかもしれない。目の前のその男にはそういうきらいがあった。――からん,と下駄を鳴らして浦原が近づいてくる。


「いつものことながら見事な手際で」
「……別に,雑魚だろあんなの」
「せっかく褒めてるんスから,嬉しそうにしてくださいよ。甲斐のない」
「嬉しくもねぇのにできっかそんなの」


ふい,と顔を背けてからまるで子どもだ,と頭を抱え込みたくなる。


「あはは。黒崎サンの膨れっ面見るのも久しぶりだ」


云いながらぱちりと鳴らした扇子の先でつん,と頬をつつかれる。
一護は顔を歪めたまま手でそれを振り払う,が扇子の先は逸れても言葉が孕んだ小さな棘は一護の胸に音も立てずに突き刺さった。


「…ここんとこ虚出てなかったし」
「そうっスねぇ。二週間ぶり?いや,前回のときは顔見せて頂けなかったんでもう一ヶ月ぶりくらいになる?」
「……用もねぇのに顔出すアレもないだろ」


気持ちがじり,と後退するのを感じながら一護は浦原に気取られないように顔を背けた。
嘘だ。
わかっている。
用ならばあった。
今もずきずきと痛む左の胸の下。罅の入った肋骨。
本当ならば店に立ち寄り,浦原もしくはその忠実な部下であるテッサイの治療を受けるべき傷。


四年前,万感の思いをこめずには口に出来ない「いろいろなこと」が片付いた後,一護はひとつの選択を迫られた。
誰もが死神の力を返上し,普通の高校生に戻る方を薦めた。
そのときはなんでだよ,と不満に思ったが,冷静になればそれこそがベストな選択だったのだと一護も思う。
けれども一護は死神の力を手放すことを拒否した。
代行として自ら力を揮い,この街を――引いては家族を――自ら守ることを選択した。
一護としては意外ではあったが,そのときバックアップを申し出てくれたのが目の前にいる浦原だった。
浦原は町内にある「浦原商店」という名の寂れた駄菓子屋の店長にして,嘗ては護廷十三隊を束ねる隊長,そして初代技術開発局の局長を務めたこともある元・死神だった。
どれだけ修練を重ねても一護にはろくすっぽ使うこともできない鬼道を詠唱すら省いて使用し,いつも携えているステッキの仕込みを一度鞘から抜けば,現役であるはずの一護すら呆気なく凌駕する実力を持つ。
一度失った死神の力を取り戻すことに協力してくれたのも浦原なら,その後鍛えてくれたのも浦原だった。
嘗て一護は尸魂界に潜入したとき,戦闘になった斑目一角に「師は誰だ」と問われ浦原の名を口にした。
本人の性格がアレなため面と向かって口にすることはなかったが今もその思いは変わっていない。――そう,変わっていないのだ。


ただ,それだけじゃなくなってしまった。
そのせいで「これくらいなら」と自分を騙すように言い訳を紡ぎ浦原商店を訪ねる躊躇に理由を与えてしまう。
それは一護の一方的な事情であって,浦原は関係ない。
関係なくはないのだが,責任を求めようとしてもできるものではない。
だったら,関係ないのと同じだ。


頭の中をぐるぐると犇く物思いに腹の底が重苦しくなる気がした。
と,俯いた視界に浦原が持つ扇子の白が飛び込んできて,一瞬の後罅の入った肋骨を寸分誤ることなく突いた。


思わず呻いた一護の耳のすぐ傍で「嘘つき」と低い声がする。
耳朶に唇が触れるほどの距離で囁かれた声音に,一護は全身の皮膚が粟立つのを感じた。


何を,と云うより先に手首をとられていた。
そしてそのまま浦原は下駄をからりと鳴らして踵を返し,さっさと歩き出す。
展開についていけずつんのめることになった一護は慌てて「何すんだよ!どこ連れてく気だッ!」と声を荒げた。












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