Dreieck





§・§・§



「浦原ァ」

しゃがみ込んで雑誌を物色していた浦原は傍らからかかった声に「ハイ?」と愛想よく応えた。
見上げた先にいるのはクラスメイトの白崎。
眉間に皺を寄せた見様によっては不機嫌,ととれなくもない表情で雑誌の記事を眺めている。

形のよい指が支える雑誌の表紙には「TARTINE」の文字。
白崎と付き合うようになってすっかり馴染みになってしまったその雑誌は,表紙からしても購読者層は明らかに男子高校生ではなく主婦層と思われる。

アンバランスな人だなぁ,と浦原はひとりごちて声には出さずに笑う。
声に出して笑おうものならすぐ横にある長い脚が背中をげしげしと踏みつけることがわかっていたから。

人の名を呼んでおいて何も云わない白崎から視線を逸らし,取り上げたのはパチンコ攻略雑誌。
確か今週号に載っていると云っていたはず,とほとんどのページを飛ばして目当ての記事を探す。
と,遅れることしばしで白崎が口を開いた。

「今から云うの暗記」
「…また?」
「文句あんのかよ」
「ありませんけど」
「材料,キウイ半分,パインの缶詰一枚,いちご六粒。小さめのフライパンに水とグラニュー糖を入れ水飴状になるまで煮立てる。時間は五分前後。一匙掬って氷水に落としてカチっと固まったらオーケー。果物に楊枝刺して水飴に絡めて氷水へ。余った水飴はカラメルになるまで煮詰めてクッキングペーパの上に広げて冷まして固め,割って保存。カフェオレやホットミルクに入れると美味。以上」

白崎の声は一応周囲を憚っているのか低い。
浦原は漸く見つけた目当ての記事を目で追いながら無言で白崎の口にした言葉を一言一句そのまま記憶した。
浦原のこの特技を知ったばかりの頃は「ほんとに覚えてンのかよ」と疑ってその場で復唱させたりしていた白崎だったが,この頃ではもうそんな無駄なことはしない。
写真や景色,記事の内容などを見たまま記憶する。人が口にした言葉をそのまま記憶する。
もちろん意識しないとできないが,それでもこの特技は割りと重宝している。
白崎や浦原が世界で一番敬愛する黒崎などには「人間レコーダー」などと云って揶揄されるけれども。

「お前何見てんの」

他に気に入る記事がなかったのか,今まで手にしていた雑誌をラックに戻しながら白崎が浦原の読んでいる雑誌を覗き込んでくる。

「あ,それ一護ちゃんの」
「そうそ。確か今週号でしょ?」
「面白いこと書いてあんの?」
「さぁ?パチンコには興味ないからなんとも」

黒崎一護は白崎の親戚――叔父に当たるらしい――で実質保護者になる。
聞きかじった事情を繋ぎ合わせると,数年前,今よりもっと手のつけようのない悪ガキだった白崎が実の両親からすら匙を投げかけられたとき,横からひょい,と手を伸ばしてくれたのが黒崎だったらしい。
問答無用のスパルタ教育で白崎の性根を叩き直し,その結果今では「大分まともンなっただろ?」と黒崎は口の端で笑って語ったが,それが自分の目の前に限定されることは知っているのだろうか,と浦原は疑問に思ったがまだ尋ねたことはない。
掴んだ肩に顎先を載せるようにして浦原が持つ雑誌を覗き込んでくる白崎にも見やすいように雑誌の位置を変えてやり,横目でちらりと窺う。
と,気づいたことがあって浦原は口を開いた。