So Far
西條 葎
† † †
「この曲,いいっスね」
イヤホンを差し込んでいないほうの耳がやわらかな浦原の声を拾った。
「浦原さんも好き?」
「声が気持ちいい」
「あ,俺もそう思った」
声がはしゃぐのを感じながら,一護は家の近くのレンタルショップで借りたアルバムのタイトルを浦原に教えた。
どこか寂しげな声が歌う歌詞はまるで小説のようだった。
「今度アタシも探してこよう」
浦原がそう云ったのを潮に,一護は寄りかかっていた柵から腰を上げた。
浦原が耳からイヤホンを抜いて「ありがとう」と云うのに頷きながら受取った白いコードを首に引っ掛ける。
「な,散歩しようぜ」
「いいっスね。どっちへ行く?」
「土手の方。あー,でも川沿い寒いかな」
「歩いてれば身体温まるんじゃないスか?」
「んじゃ,決定」
とん,と足を踏み出して,ヨットパーカのポケットに両手を差込みぐるりと浦原を振り返る。
行こうぜ,と笑って見せると,浦原も頷いて腰を上げた。
「そうだ」
「何?」
「一護サン,チョコバー食べる?」
差し出されたのは掌からはみ出るくらいの大振りなチョコバー。
前に,最初に浦原と明け方に会ったときに貰ったのと同じやつだった。
「貰う」
差し出されたそれを受け取って,包み紙に書かれた文字を目で追う。
うす茶色の紙に深紅色の文字でCAFE-TASSEと書かれた包み紙をぺりぺりと剥く。
「これさ前にも貰ったよな」
「…そうでしたっけ?」
「うん。コンビニとかであるかなって探したんだけど見つからなくて」
「あー,輸入物らしいから」
「そうなんだ」
露になった茶色の塊に歯を立てて一口齧り取る。
甘さが舌に嬉しくて,思わず頬を緩めると,すぐ横を歩いていた浦原がやにわに身を屈めた。
え,何?と言葉を発するより早く,カリ,と音がして手の中のチョコレートが軽くなる。
音と同時にチョコレートを持った手,左手の,親指の第一関節の少し下の辺りにやわらかなものが触れた。
突然のことに頭の中が真っ白になり凍りついたように動きを止めた一護を,一歩先んじた浦原が口の端についたチョコレートの欠片を舐め取りながら振り返った。
「あ,一護サン怒ってる」
「ちっが!怒ってねぇし!」
「え,そう?」
チョコレート食べると,コーヒー飲みたくなりますよね。
一護の動揺をよそに,浦原はそんなことを云いながら羽織ったコートのポケットを不恰好に膨らませるタンブラを引き抜いて口をつける。
「一護サンも飲む?」
「も,貰う…」
ばくばくと高鳴る心臓をどうにかしたくて,少しでも落ち着こうと手渡されたタンブラからコーヒーを啜る。
すると,そんな一護のけなげさをフイにするような爆弾が落とされた。
「間接キス」
耳が拾った言葉の意味の意味が一瞬分からず,きょとんとした顔をした一護に,浦原は咥えた煙草に火を点し,深々と一服つけながら煙草を摘んだ指で自分の唇に触れて見せた。
「な…なッ!」
なんだよそれ!が最後まで云えず,一護は金魚のように口をぱくぱくとさせた。
「あはははは。一護サン,顔真っ赤ー」
「ッ!浦原さんがッ!変なこと云うからだろ!」
「一護サン,可愛いなあ」
「可愛くなんかねえし!」
「って律儀に否定するし」
可笑しくて可笑しくてたまらない,という風に笑う浦原を恨めしげな目で見つめながらも,一護はどこかでほっとしているのを感じた。
浦原の眠れない辛さも,こんな風に一護を頼ってしまうことに対する引け目があるのも知っていた。
引け目なんて感じて欲しくなかったし,上手く眠れない浦原のことを心配する気持ちに嘘はなかったが,その一方で電話が鳴るのを心待ちにしてしまうのも本当だった。
だから,こんな風に浦原が楽しそうに声を上げて笑ってくれると,どうしようもなくほっとしてしまう。
「浦原さんのバカ」
照れ隠しに罵ると,浦原は「バカは酷い」とわざとらしく眉をハの字に下げた。
「もう知らねー」
「ゴメンナサイ」
「ちっとも悪いと思ってねぇだろ」
「一護サン,可愛いなって思ってます」
「だーッ!可愛くねぇっつの。止めろそれ!」
声を荒げた一護の耳に聞こえるのはくすくすと浦原がしのび笑う声。
一護は手の中のチョコレートバーを大きく齧り取ると,くぐもった声で罵りながらどん,と体当たりをかました。
>> to be continued.
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