in fragments


003



§・§・§



約九ヶ月ぶりの帰宅を果たした浦原は,自宅のまるで十年も放置された空き家のごとき荒れ方に呆れを通り越しため息を吐いた。

――まったくこれだからあの子は。
長い間閉ざされたきりと一目でわかる鎧戸。
埃と煙草の脂ですっかり色褪せてしまったカーテン。
靴音がくぐもって響くのは床に積もった埃のせいだろう。
留守を任せた同居人といえば,今にも消えそうな頼りない気配が僅かに開いた寝室のドアの向こうから漂ってくる。

部屋の明かりをつけようとして,止めた。
気に入っていた壁紙の色も,きっとカーテン同様煙草の脂で褪色してしまっている。
そんなのを見てしまったら,どんな状態であろうとも頬を引っ叩いて起こして嫌味のひとつも垂れたくなるというものだ。

部屋の惨状より,まずはもっと先になんとかしなきゃならないのは――。
ちらり,視線を寝室のドアへと向け,浦原は足を踏み出した。
リヴィング同様散らかったというよりは荒れた印象を見せる寝室。
部屋の中ほどに置かれたベッドには,毛布二枚に包まったふくらみがベッドサイドのランプに照らし出されている。

部屋の空気を揺らす不規則で苦しげな寝息。かなり熱が高いようだ。
ランプを消して寝るだけの余力もなかったか。
眇めるように向けた視線の先,ナイトテーブルの上に散らかった紙片は淡鼠色と薄紅色のもの。
浦原が出掛けに用意しておいた鎮痛剤と解熱剤の薬包紙だ。

部屋を横切ってナイトテーブルの前に立つ。
散らばる紙片を避けて未開封のものを探したが,思った通りひとつも見つからなかった。

「馬鹿な子」

ベッドで毛布に包まって苦しげな寝息を立てる一護を見つめ,浦原は呟いた。

開いたスペースに腰を下ろすと,こちらに背を向ける肩を掴んで引いた。
身体は呆気なくこちらを向き,眉間に皺を寄せた苦しげな寝顔がランプの明かりに照らし出される。
眩しそうに瞼がふるりと震えるのを見て,浦原はランプの光量を絞ってやった。

首筋に掌で触れると,不穏当なほどに高い体温が伝わってくる。
口の端に僅かに残る粉末に気付き,指先で拭って舐めると解熱剤の味がした。

アレを飲んでこの状態とは,もう呆れてため息も出やしない。
顔に纏わりつく髪はまだ生乾きで,首筋に纏わりつくそれを引き剥がすと,一護の眉間の皺が少しだけ綻んだ。
顔の横に手をつき,額に額を押し当てる。

「一護サン」

そのまま低い声で名を呼ぶと,嫌そうに顔が顰められた後,瞼が震え潤んだ瞳が浦原を見た。
どうやら寝入ってはいなかったらしい。
体力は限界まで落ちているが,身体を苛む苦痛が大きくて浅いまどろみに浸るのが精一杯,とそんなところか。
乾ききった唇がかすかに動くが,発熱だけではなく喉も完全にイカれているようで罅割れた吐息のような音が漏れるばかりだった。

それでも確かめるように自分の名が呼ばれたことがわかり,浦原は「ただいま」と囁くように云って火照る唇に自分のそれを押し付けた。
浦原の言葉に返されたのは「熱・やばい」という細切れの単語。

「わかってますよン。キミ,人だったら入院レベルの状態っスよ。自覚ないの。なんでこんなになるまで放っておくの。こんな状態なのに,今日も仕事に行ったでしょ。馬鹿じゃないの。っていうか馬鹿」

声音は睦言を囁くように甘やかだけれど,言葉の内容は浦原の心情そのままに辛辣極まりない。
聞こえているのかいないのか,見つめてくる潤んだ瞳をじっと覗き込むとその奥にじわり,不機嫌が滲むのが見えた。
どうやら聞こえてはいるらしい。

浦原は低く喉を鳴らして嗤うと,「助けて欲しい?」と尋ねた。
一護からの応えはない。ただ,見つめてくるばかり。

「熱,下げてあげましょっか」

苦しいんでしょ,と頬を撫でながら囁くと,こちらを見上げる一護の潤んだ瞳が閉じられた瞼の向こうに姿を消した。
代わりに投げ出された腕が上がり,手探りで浦原のシャツの胸元を掴む。
消えろ,とばかりに押し遣られるかと思ったら逆だった。

シャツを掴む手は上がりきった熱のせいか力なく,まるでぶら下がるよう。
それでも引き寄せたい,という意志は伝わってきて,浦原は一護が促すままに顔を寄せた。

僅かに首が持ち上がり,掠めるように唇が触れた。
それを承諾の合図と受け取り,浦原は口の端を引き上げた。

九ヶ月ぶりに抱く身体は,体力が落ちきっているせいか気のせいではなく確実に記憶の中よりも痩せていた。
不規則な生活と不摂生。
酒と煙草以外,ほとんど口にすることのない生活。
見ていたわけでないが,いつものことだ。手にとるようにわかる。

それが自分の不在を寂しがって,というのならば可愛げもあるがただ単に億劫が勝ってというのが気に入らない。
生きるのならば楽しむべきだ。
浦原は自分の下で掠れた喘ぎを漏らす子どもが太陽の日差しの下で笑っている姿を見るのが好きだった。

首筋に唇を押し付け,弱々しい脈拍を測る。
背中に回した掌に伝わる骨の感触。
肩から落としたバスローブが自分のものなのに気付いたときだけ,僅かに口の端に笑みが浮かんだ。

寂しいなら寂しいと口にしたらいい。
それを自分に伝えてくれれば,全ての仕事を擲ってでも自分は帰って来る。
けれども腕の中の子どもがそれをしないことは,浦原にもわかっていた。

「希む」ということを止めてしまった子ども。
長い長い時を経て,強さを得ても,一護にとって彼はいつまでも手のかかる「子ども」だった。
こうして弱りきっているときでなければ,伸ばした浦原の手に縋ることもしやしない。
こんな風になるとわかりきっていても放っておくのは,こうして縋りつかれることを浦原自身が希んでいるからに他ならない。

一護の心臓のすぐ横に埋め込まれた「それ」のせいで,どれだけ距離があっても浦原には一護の様子がわかる。
今にも崩れ落ちそうな身体で,それでも「仕事」へ出て行く様子も。
そのことをなんら疑問に思っていないことも。

火照る身体の内部を指先で解す。
潤滑剤代わりに鎮痛効果の高い軟膏を多めに使った。
対症療法にしかならないが,それでも高熱による身体の節々の痛みは幾分緩和されるだろう。

少しずつ綻んでいく感覚。
一護の眉間に寄せられた深い皺に,別の色が滲む。
罅割れた唇が,呼ぶように動く。せがまれるまま唇を寄せれば「もういい」というのが唇の動きで伝えられた。

「久しぶりなのに,壊れちゃうでしょ」

湿り気を与えるように上下の唇を食みながら囁くと,駄々を捏ねるように首が横に振られた。

毎度のことながら指でされるのは好きではないらしい。
とはいえ,弱りきった身体に無理をさせるのもどうか。
気遣う素振りの下に煽られる嗜虐心を押し殺し,浦原は更に奥,一護の最も敏感なところを指先で捺した。

びく,と震え跳ね上がる身体。
閉じられていた瞼が開き,潤みきった瞳が詰るように浦原を見る。
その目尻に涙が伝うのを唇を寄せて吸い,そのまま深く口付ける。

荒れてざらつく舌に自分の舌を絡ませながら,捩られる身体を自分の身体を使って押さえつけ指を動かすと背に回された腕がシャツの生地を掴み,喉から引き絞るような掠れた声が漏れた。

触れた箇所から服の生地越しにも一護の中心が高まり限界を主張しているのがわかる。
けれどもわざとそこには触れないまま,浦原は一護の奥に含ませた指を蠢かせた。

本当は欲しい,と云わせたいのだけれど潰れてしまった喉では,それが無理なのは承知。
絡めた舌を解き,唇を触れ合わせたまま「欲しい?」と尋ねる。
見つめてくる表面張力を失ってしまうほ潤んだ瞳からは堪えきれないまま幾筋も涙が伝い落ちる。

いい加減にしろ,と睨まれ,浦原は小さく喉を鳴らす。

――素直じゃないなァ。
服の前だけ簡単に寛げ,浦原は一護の身体を抱き上げた。

綻びきった箇所に自分の中心の先端を据え,そのまま身体を支えてやれば自重でそのまま一護が落ちてくる。
いきなり深く穿たれた一護は大きく仰け反り,腫れ上がった喉を引き絞るように掠れた悲鳴を漏らす。
そのまま小さく揺さぶると,背中に回された腕に力が篭り,肩に額が押し付けられる。

一護の中は信じられないほど熱かった。






...to be continued